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大阪地方裁判所 昭和46年(ヨ)1472号 決定

申請人

江頭浩行

外二名

代理人

樺島正法

新谷勇人

被申請人

松下電器産業株式会社

弁護士

松本正一

橋本勝

森口悦克

主文

一、被申請人は、申請人らに対し、別紙第一表出社日欄記載の日以降就業規則その他の定めるところによつて算出された賃金の四〇パーセントならびに賃金を基礎として算出された夏期および年末各一時金の六五パーセントをそれぞれ所定の日に仮に支払え。

二、被申請人はその従業員の現実の就業期間中を除き申請人らが同表就労請求場所記載の作業所構内に立入ることを妨げてはならない。

三、申請人らのその余の申請を却下する。

四、申請費用はこれを三分し、その一を申請人ら、その余を被申請人の各負担とする。

理由

一、申請人らは、

(1)、被申請人が別紙第一表休職処分日欄記載の日付で申請人らに対してなした休職処分は、同表出社日欄記載の日以降その効力を仮に停止する。

(2)、被申請人は、申請人らに対し、同表出社日欄記載の日以降毎月二五日限り、就業規則その他の定めるところによつて算出された賃金および交通費ならびに右賃金を基礎として算出された夏期および年末の各一時金を仮に支払え。

(3)、被申請人は、申請人らを就業規則その他の定めるところによつて同表就労請求場所欄記載の場所で就労させなければならない。

(4)、被申請人は、申請人らが同表就労請求場所記載の被申請人作業場に入構するのを阻止してはならない。

(5)申請費用は被申請人の負担とする。との裁判を求め、被申請人は、「申請人らの申請を却下する。請費用は申請人らの負担とする。」との裁判を求めた。

二、被申請人は資本金四五七億五、〇〇〇万円従業員約五万人を擁し、全国各地に工場および営業所を有し、各種電器具の製造ならびに販売を目的とする株式会社であること、申請人らは別紙第二表入社時欄記載時に被申請人に雇傭され、別紙第一表休職処分時にそれぞれ同表就労請求場所記載の部署に所属しており、またいずれも河北地区反戦青年委員会に所属するいわゆる反戦労働者であつて、被申請人の労働者をもつて組織する松下電器産業労働組合内部にあつては執行部を牛耳る主流派を激しく糾弾する小数派の組合員であり、企業外にあつても各種反戦斗争に積極的に参加してきたものであるところ、昭和四四年一一月東京で行われた国際反戦デーまたは佐藤首相訪米阻止の各斗争に参加し、それぞれ佐藤訪米阻止斗争昭和四四年一一月一六日事件で別紙第二表記載の逮捕日に逮捕され、引き続き勾留され、東京地方裁判所に公務執行妨害、兇器準備集合の罪名で同表記載の日に起訴され、その後同表記載の日に保釈されたので、別紙第一表記載の出社日に被申請人方事業所に赴き就労の申出をしたところ、被申請人から就労を拒絶されたこと、被申請人は申請人らに対し、申請人らの起訴を理由に、就業規則五五条一項七号の本人の非行によつて刑事事件に関し起訴され必要あるとき、判決確定までの期間休職させる旨の規定により、申請人らが起訴された日の翌日から休職の扱いをし、以後就業規則その他の定めるところによつて算出された賃金の六〇パーセント、夏期、年末各一時金の三五パーセントを支給していることは当事者間に争いがない。

三、疎明によると、被申請人の就業規則上休職の定めは、第五章人事の第五節として規定があり、社員が次の各号の一に該当する場合はそれぞれ次の期間休職させる(就業規則五五条一項)と定め、休職基準ならびに期間として、(1)業務外の傷病により半月以上欠勤するも、なお引続き一カ月以上休業を要すると認められるとき、勤続年数および傷病の種類により、一年ないし三年間(同条一項一号)、(2)自己の都合により休職を願出て許可されたとき、許可した期間(同二号)、(3)公職に就任し、長期にわたり会社業務に従事できないとき、就任の期間(同三号)、(4)会社外の業務に就任することを命じたとき、必要な期間(同四号)、(5)組合業務専従者または組合の所属する外部団体の役職員に専従したとき、専従の期間(同五号)、(6)会社業務のつごうによるとき、必要な期間(同六号)、(7)本人の非行によつて刑事事件に関し起訴され必要あるとき、判決確定までの期間(同七号)、(8)その他特別の事情があると認められるとき、必要な期間(同八号)と定め、休職期間は勤続年数に加算する旨定め(同五八条二項)られている。そして、休職期間中の賃金に関し、右休職基準(1)の場合にはその休職期間給与細則別表第六による休職手当を、同(6)の場合には平均賃金の六〇パーセント以上の休業手当を支給する旨定められ(同細則二二条、二三条)、他方労働協約において右休職基準(5)の場合には賃金その他の給与を支払わない(七七条二号)と定められていることから考えて、休職期間中の賃金は右休職基準(1)および(6)の場合に所定の手当の支給がなされるほか、他の場合には原則として賃金の支払いがなされないものと解される。

右休職基準および休職期間の定め方から考えて、被申請人における休職制度は、少なくとも休職基準(1)ないし(6)に関する限り相当程度の期間にわたり従業員が被申請人の業務に従事できない場合、人事管理上の必要から、その業務に従事できない期間その勤怠上の身分の取扱いを休職ということにして暫定的に確定することを目的とするものであると考えられる。

ところで基準(7)の起訴休職の場合であるが、就業規則が「起訴され必要あるとき、判決確定までの期間」休職させる旨定め、起訴による休職期間中の賃金が原則として支払われない建前になつていること、すなわち、本人の意に反して判決確定までの期間企業から排除され不利益をもたらすことになるから、起訴による休職は従業員が刑事事件による起訴をされた場合起訴を理由に形式的一律に体職の取扱いをすべきものではなく、その起訴自体によつて企業内の秩序維持に重大な影響を及ぼす場合、あるいは企業の信用失墜をもたらすことが明白な場合に当該従業員を判決確定までの期間被申請人の業務から暫定的に排除するものと解するのが相当である。

したがつて、休職基準(1)ないし(6)が現実に業務に従事しえない期間休職の扱いをするのに対し、基準(7)は起訴された従業員が現実に業務に従事できるか否かを問題とするまでもなく、起訴それ自体により判決確定までの期間企業業務に就かせることが不適格であると認められる場合、しかもその不適格性の認定については他の休職基準の現実に業務に従事できない事由と同視される程度に客観的なものでなければならない。

なお、被申請人は申請人らに対し平均賃金の六〇パーセントを支給しているが、それは就業規則、給与細則からみて支給すべきものを支給しているのではなく、恩恵的な支給であり、そのことの故に起訴休職基準の解釈あるいは認定に差異を生ずるものではない。また、刑事事件に関し、従業員が逮捕、勾留等により現実に業務に従事できず、それが相当長期に及ぶ場合には、その業務に従事できない期間について、休職基準(8)の「その他特別の事情があるとき」と認めて、「必要な期間」休職させるべきもので、勾留期間と一致しない「判決確定までの期間」休職させる起訴休職の基準によるべきではないと解する。

四、疎明によれば、申請人らに対する公訴事実の要旨は、申請人らは、それぞれ昭和四四年一一月一六日東京で行われた佐藤首相訪米阻止斗争で、警備に従事する警察官の身体等に対し、多数の労働者と共同で危害を加える目的を以て、国電蒲田駅東口広場付近で火炎びん、鉄パイプ等の兇器を携帯して集合し、更に多数の労働者らと共謀のうえ、その頃違法行為の制止・検挙等の任務に従事していた警視庁警察官らに対し、火炎びん、石塊を投げつける等の暴行を加え、その職務の執行を妨害したものであるというのであつて、それは政治的かつ思想的な動機に由来する行動に伴い生じたものであるといつても、その惹起された結果は、疎明による当日の国電、京浜両蒲田駅周辺で多数の火炎びん、石塊が投げられ、国電、私鉄のダイヤが混乱し、通行人等にも多大の被害がでたことが窺われ、社会に対して及ぼした影響は大なるものがあり、その責任が判断されなければならないものであるが、その斗争には当時学生や若手労働者の一部が全国から参集しており、被申請人の一現業工員である申請人らが右事実で起訴されたというだけで被申請人の対外的信用が特に毀損されたとも窺われず、また申請人らが起訴されたことにより従業員間に多少の違和があるとしても、起訴された事実は企業外において職務と無関係になされたものであり、起訴されたというそのことだけによつて職場秩序の維持にそれほど重大な障害を生ぜしめるものとも考えられない。

被申請人は、申請人らの右思想的行動が被申請人職場において職場秩序の維持に非常な悪影響を及ぼすと主張し、申請人らの従前の勤務振りの非を疎明するけれども、休職制度には懲戒的色彩がなく、懲戒制度と別個のものであることは就業規則の規定の組み立て方から明らかで、被申請人自身そのことを認めるところであるから、起訴されたことあるいは起訴事実以外の被申請人らの行動により、仮に企業秩序の維持が害されることがあり、かつそれが懲戒事由に該当するとするならば、それは起訴されたこととは別個に懲戒の対象となるだけのことであつて、本件休職の取扱いをする場合の判断資料たりえないものといわねばならない。

そうすると、被申請人が申請人ら起訴の事実によつて申請人らを判決確定までの期間休職にした取扱いは、右取扱いを定めた就業規則五五条一項七号の適用を誤つたものというべく、その効力を生じない。

五、以上のように、申請人らに対する休職の扱いは無効であるから、申請人らは被申請人に対し、本件休職の取扱いをやめて就業規則その他の定めるところにより他の従業員と同様に取扱うことを求めうべき権利を有するところ、少なくとも別紙第一表記載の出社日以降申請人らにおいて労務を提供すべく就労を求めているにもかかわらず被申請人においてこれを拒否していることが明らかであるから、申請人らは被申請人に対し同日以降就業規則その他の定めるところに従い算出された賃金および同年以降右賃金を基礎として算出された夏期および年末各一時金等をそれぞれ所定の日に支払うよう請求する権利を有することが認められる。

六、申請人らは別紙第一表の就労請求場所での就労を請求するけれども、雇傭契約は労働者の提供する労務と使用者の支払う報酬とを対価関係にかからせる双務契約であり、労働者の労務の提供は義務であつて権利ではないから、雇傭契約あるいは労働協約等に特別の定めがある場合を除いて労働者に就労請求権はないと解すべきであるが、右の特則を認めうる疎明はなく、結局申請人らに就労請求権を認めることはできない。

七、疎明によれば、申請人らは被申請人の従業員で組織されている松下電器労働組合の組合員であり、右組合の事務所が申請人ら所属の各事業所構内にあること、組合員相互の接触の必要性のあることが窺われるので、申請人らは被申請人から就労を拒否されていると否とにかかわらず組合員たる資格に基づき右構内に入構する権利を有することが認められる。

もつとも、入構する権利が認められるといつても、現実の就業時間中における他の従業員の職務専念義務を侵さない限度において認められるものであることはいうまでもない。

八、申請人らは被申請人から平均賃金の六〇パーセント、夏期および年末一時金の三五パーセントの支給を受けていることは前認定のとおりであるが、その額は疎明によると申請人らの六〇パーセントの平均賃金が一カ月二万七、〇〇〇円ないし二万五、〇〇〇円であり、三五パーセントの一時金が五万三、〇〇〇円ないし五万円であること、右金額では申請人らの生活を維持するに足りないことが一応認められ、したがつて、申請人らの賃金請求権について、現に支給を受けている部分を除く、賃金の四〇パーセントおよび一時金の六五パーセントの支払いを求める限度で保全の必要性が認められる。

また、被申請人は、申請人らの入構について申請人足立を除く三名について認めている旨述べるけれども、疎明によれば、申請人らが任意に各事業所内へ立ち入ることのできない状況であることが一応認められるから、申請人らの入構する権利についても保全の必要性が認められる。

九、よつて申請人らの本件申請は主文第一、二項掲記の限度で相当であるから保証をたてさせないでこれを認容し、その余はこれを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条により主文のとおり決定する。

(志水義文)

第一表

氏名

休職処分日

出社日

就労請求場所

江頭浩行

昭和四五・二・一三

四五・一一・一六

電機事業本部、電機事業部、

生産技術部、機械課

足立翔一

四四・一二・九

四五・五・一八

右に同じ

北村秀機

四五・二・一三

四五・九・一四

生産技術研究所、研究部、

製造実験二課

堂丸長猛

四四・一二・九

四五・一一・九

同研究所同部、特殊部、

第二製造課

第二表

氏名

入社時

逮捕日

起訴日

保釈日

江頭浩行

昭和  年 月

三七・三

四五・一・二二

四五・二・一二

四五・一一・一一

足立翔一

三六・三

四四・一一・一六

四四・一二・八

四五・五・一五

北村秀機

三六・三

四五・一・二二

四五・二・一二

四五・八・二〇

堂丸長猛

三八・三

四四・一一・一六

四四・一二・八

四五・一〇三一

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